ISSUE 2 ウイスキーと、女子。

ウイスキー女子の仕事場

男ばかりの蒸溜所に咲いた花。
繊細で、たおやかなウイスキーづくり

富士の麓の蒸溜所。
日本のウイスキーを支える現場

ウイスキーをはじめとしたウォッカやジンなどの蒸留酒は、男性的なイメージを纏い、ひときわ壮大なロマンを感じさせてくれるお酒だと思う。そんな現場で活躍する女性がいると聞き、会いに行くことにした。彼女はどんな思いで仕事をしているのだろうか?

今回お会いしたのはキリンディスティラリー株式会社の渡邉久子さん。彼女が働くのは富士御殿場蒸溜所。ここはかつて英国シーバスブラザーズ、米国のシーグラム、そしてキリンビールの3社によって1972年に始まった合弁会社のプロジェクトの本拠地だった。日本人好みの味わい、そしてウイスキーづくりの哲学と理念を追求してきた蒸溜所は、現在、キリンディスティラリー株式会社によってウイスキーだけでなく、チューハイの氷結シリーズ、そしてキリン アルカリイオンの水等の製造拠点となっている。

現地に到着すると、ウイスキー原酒の発酵に用いられる麦汁の香りがほのかに漂う。全国各地のナンバープレートを掲げたトラックが大きな積荷とともに出発していく姿が目に映った。全国に出荷されるキリンの国産ウイスキーの全てが、この1箇所で製造、出荷されているというから驚きだ。

ウイスキーづくりの最前線へ
初の女性社員がやってきた。

現在、この蒸溜所から送り出される全ての商品の品質にまつわる分析と品質確認を担当している品質保証部の渡邉久子さんは、ここで働き始めて6年目になる。大学院では醸造学を専攻し、新卒で入社したのがこの会社だった。入社一年目から「蒸留熟成チーム」と呼ばれる工場内のウイスキーの樽詰めが行われる部署に配属され、ウイスキーづくりの最前線ともいえる現場に2年間、関わることになる。

「研究開発というよりは、製造の現場をやってみたい!と勢いで入社しました」。
どうして製造現場に配属してもらえたのだろうと未だに思いますが、と前置きをして渡邉さんはこう続けた。「蒸留熟成チームは、これまで女性がいたことがなかった現場だったんです」。
当初は何をすればいいのかわからず立ち尽くすことも多かったが、周りの人に思い切ってわからないこと聞いてみると、現場の方々はまるで父親のように基本から全てを教えてくれた、と続ける。

父のような存在に囲まれ
覚えていった現場の仕事。

渡邉さんが入社してからの2年間を過ごした樽場と蒸溜棟を案内してくれた。

ここで生み出される「富士山麓樽熟原酒50°」はキリンの代表作といえる逸品。モルト原酒とグレーン原酒が絶妙にブレンドされて誕生するのがこのブレンデッドウイスキーだ。富士御殿場蒸溜所では、モルトとグレーンの両方をつくっているが、同じ蒸溜所でふたつの原酒をつくり続けていることは世界でも珍しい。

大量のウイスキー樽が立ち並ぶ「樽場」は、ろ過やブレンドといったウイスキーの要とも言われる作業を職人達が行う現場だ。かつて仕事のいろはを教えてもらった先輩方に挨拶をし、ともに話をしながら樽場を歩かせてもらう。

ウイスキーを蒸留するポットスティールが並ぶ蒸留棟へ足を踏み入れると、その釜自体の大きさにまず、圧倒される。ポットの下部分ではグレーンのもろみを冷却するためのベントを修理中だった。
「どこの修理をしているんですか?」と、さり気ない会話を交わす渡邉さんと、酒類生産部 内海さん。工場内での渡邉さんは凛とした佇まいながらも、家族のような皆さんにとても大切にされながら過ごしている。

ここ富士御殿場蒸溜所のこだわりであるグレーンウイスキーをつくりだす連続蒸留機。

「これまでに女性が来たことのない現場、そしてそもそも新人さんが最近来ていなかった場所ということで、私の扱い方もみんな、最初は戸惑ったようで。けれども、一年過ぎる頃にはすっかりなじんでしまって。気がついたらあっというまに、最初の1年が経っていました」。

「うちの部署、女性いないじゃん」と部署内で話していたら、別の部署の人が「いやいや渡邉さん、いるじゃん!」と突っ込んだというエピソードがあるくらい、溶け込めたことが嬉しかったんですよ、と笑って話す。
大きな樽の扱いなど、男性と女性では体力が違うのでどうしようもないこともある。しかし、女性がこの現場にいたことは、きっとこの先のウイスキーづくりへの大きな一歩となるのだろう。

現場を経たからこそわかる
分析の仕事の重要性

渡邉さんが現在、仕事のほとんどをこなすのは、工場内の「分析室」。ここでは酵母の培養や、水、原料、製品の分析が行なわれている。分析機器の管理・メンテナンスやイレギュラーな数値や分析結果の調査は正直、胃がキリキリすることもあるという。ただ、蒸溜所内の現場にいたからこそ、分析で何かあったときにも迅速に、かつ細かく対応ができるのは自分の強みになっているかもしれない、と渡邉さんは話す。

酵母の培養や、水、原料、製品の分析が行なわれている分析室。

「ウイスキーの表現というのはとても難しいなと思います。ブレンダーの方々の表現に近づくのは難しいんですが、分析室のなかでも香りや味を堪能し、感想を共有します。利き酒ではないですけども、入社するまでは何もわかっていなかったのが、香りや味の表現も含めてウイスキーを知れば知るほど、その魅力にひきつけられるようになってきて」。
渡邉さんのオススメは甘い香りが楽しめるグレーンウイスキーだ。

「これは30年近く熟成させたものとか」と貴重なウイスキーを見せてくれた。

一生かけても追い続ける価値がある
ウイスキーづくりの年月とロマン

ウイスキーは、一生かけて勉強しても、その全てを把握するのが至難と言われるほど奥が深い世界です、と渡邉さんは話す。

「完成までに長い時間がかかっていてロマンを感じる飲み物ですし、多くの方に試飲してもらい、好きなものを発見してほしいと思っています。私自身、後世にまで長く愛され続ける商品に関わりたくてウイスキーの世界を志望したこともあって、今まさにその世界にいられることが誇りです」。

そんなロマンを宿したウイスキー。繊細な香りの違いをも細かく感じ取れる女性達にこそ、もっと堪能してほしいそうだ。「とはいえ、私も量は飲めないので」と渡邉さんは笑うが、量は控えめでも、五感を使ってじっくり堪能する大人の嗜みには、ウイスキーがぴったりのお供なのかもしれない。

彼女が働くのは静岡県御殿場市。いつか、都心のオフィスで働いてみたいとも思いますか? とたずねると、「都会だと心が潰れてしまうから。自然のなかのほうが嬉しいんですよ」との答え。
富士の麓の美しい水によって誕生する味わいは、そんな彼女ともぴったり寄り添い合いながら、これからも深みを増していくことだろう。

ウイスキー片手に、
仕事について、考えてみませんか?

自分の「好き」を仕事にすることって素敵ですよね。時間も手間も惜しまずに作られたウイスキーで、ゆっくりと自分のことを考える時間も、たまには必要だと思うのです。

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ウイスキーと、女子。

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