ISSUE 1 ビールと、地元。

本から感じる、作家の地元愛。

小説家が自身の地元を描いた本を、
ブックコーディネーターの
内沼晋太郎さんが選びます。

郷愁や愛情だけではない、
作家が抱く地元への思い。

小説家には、自分の地元を作品に描くタイプと、そうでないタイプがある。「意外かもしれませんが、地元を舞台にした作品をまったく書いていない作家もたくさんいます」とブックコーディネーターの内沼晋太郎さん。たとえ地元を書いていたとしても表現はさまざま。「懐かしい思い出を綴ったものから、そこでの日常を淡々と書いたものまで、作家によって地元へのスタンスが違うのもおもしろいですね」。そんな書き手の個性を感じる"地元を書いた本"の中から、ビールのアテになる5冊を内沼さんがセレクト。北海道、神奈川、静岡、兵庫、岡山の5つの県が登場する小説やエッセイを紹介します。

1 内田百閒『たらちおの記』

帰らぬことを決めた岡山への思い。

岡山県岡山市内の造り酒屋の一人息子として生まれた小説家・内田百閒。高校までを過ごした岡山の風景は、たびたびエッセイや小説に登場する。「なのですが、百閒は、幼いころの記憶を上書きしたくないという思いから、大人になってからは故郷を訪れることはほぼなかったんです。それなのに街並みの描写は驚くほど正確だったそうで、そこが百閒のすごいところですよね。岡山を訪れ、描かれた場所を巡礼する百閒ファンも多いと聞きます」。

そんな百閒による岡山エッセイの中で読んでおきたいのが『たらちおの記』だ。なかでも「小里を思う」には故郷への思いと、ビールの思い出も綴られている。"岡山土着の私などは奥山先生の浩養軒に尊敬の念をいだきながらしきりに出かけてカツレツをかじり麦酒を飲んだ"(「古里を思う」より)。「ちなみに百閒の名は岡山を流れる百間川からとったもの。当初は間という字をそのままつかっていましたが、やがて門構えに月を書くようになりました」

2 保坂和志『朝露通信』

主人公が淡々と綴る鎌倉での生活。

続いて紹介するのは保坂和志の『朝露通信』。書き出しはこうだ。"たびたびあなたに話してきたことだが僕は鎌倉が好きだ"。たしかに小説家・保坂和志の作品には鎌倉がよく登場する。「『季節の記憶』やその続編の『もうひとつの季節』も鎌倉を舞台にした小説。この『朝露通信』は山梨から鎌倉へ引っ越してきた設定など、保坂さん自身と重なる部分も多い、私小説的な内容です。ですが物語のはっきりとした輪郭はなく、淡々と綴られる時間の背景として鎌倉の日常が描かれています」

この作品は読売新聞の夕刊で2013年11月から2014年6月まで掲載されていた連載小説をまとめたもの。1回の連載が1見開きにまとまるように載っていて、それが185回分ある。「時間軸が直線的でないので、適当に開いたところから読み始めても、まるでそこから物語が始まったかのようにすっと入り込めるんです。ビールを片手にパラパラと読むのにちょうどいい作品だと思って選びました」

3 須賀敦子『遠い朝の本たち』

幼き日の読書体験と芦屋の記憶。

3冊目は、翻訳家でエッセイストの須賀敦子が、病床で最期まで筆を入れ続けたという作品。大人になるまでに経験した読書体験が丁寧に綴られている。「イタリアで暮らしていた印象が強い須賀敦子ですが、生まれは兵庫県芦屋市。その後、東京に引っ越すのですが、戦時中の疎開で西宮に戻ってきます。この本はそんな須賀さんの幼少期から大人になるまでの記憶と、その時々に出会い夢中になった本について書かれたもの。"読書の面白さを伝えるエッセイ"としてとてもよく紹介される本ですが、須賀さんの生い立ちを知ることができる一冊でもあります」

例えば兵庫の記憶として綴られるのは、六甲山脈のはずれにある丘のうえのミッションスクールのこと、幼少期を過ごした芦屋の家のこと、そこから眺めた自然豊かな風景のことなどだ。「須賀さんが兵庫にいたのは戦中や戦後すぐの時代。誰にとっても生きるのが困難な時代に、本という存在に救われる。その背景にはつねに芦屋や西宮の空気がある。この一冊で須賀敦子という人がより身近に理解できるのではないでしょうか」

4 藤枝静男『田紳有楽』

酔いを早める究極の私小説。

静岡県藤枝市生まれの小説家・藤枝静男。もちろんこれは筆名なのだが、それにしても地元への深い愛情が伺える名前だ。浜松で眼科医院を営む傍ら、小説を書き続けた。「この物語の舞台も静岡県浜松市のとある民家。そこに骨董屋の主人が住んでいて、古色をつけるために庭の池に器をほおり投げているという設定なのですが......その器が喋り出すというぶっ飛んだ内容なんです」

藤枝の小説は「私小説の極北」と評されている、と内沼さん。「これもある種、器たちが自分の分身なんですよね。正直、静岡にまつわる具体的な記述は少ないですが、ビールとの相性はきっといいはず。自分が酔っているのか、小説がおかしいのか、分からなくなるような感覚で楽しめるはずです(笑)」ちなみにラストも衝撃の展開。少し酔いが回っているくらいが、藤枝の奇想天外な世界観を堪能できるかもしれない。

5 北大路公子『頭の中身が漏れ出る日々』

昼酒を愛する、四十路女子の日常。

ラストは札幌在住の北大路公子が描く爆笑エッセイ。テンポの良い文体にファンが多く、女優の長澤まさみも彼女のファンだという。「とにかくビール好き、昼酒好きで、エッセイの中にもお酒にまつわる話がたびたび登場します。この中に収録された「いたたまれない三十秒」では佐藤浩市ファンを公言してキリンビールを買っていたり」。書かれているのは日常に潜む謎や、作家の身の回りで起きる珍現象。その背景に札幌の暮らしがかいま見える。

雪かき、ジンギスカン、沖縄への思い......。このエッセイから見えてくるのは札幌の風景というより、そこで暮らす人が普段感じている"こと"だ。それがテンポの良い言葉で繰り広げられる。「この本は言うならば柿ピーのようなエッセイ。まさにビールのアテそのもの! 読みだすと止まらなくなるところもそっくりです(笑)」

休日の読書のおともに
一番搾りはいかがですか?

ブックコーディネーターの内沼さんが選んでくれたのは、ほろ酔いでも読み進められる小説やエッセイ。ビールを片手にご機嫌な読書タイムを。

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